2021年9月20日月曜日

シェマ、スキーマ、シェーム(or シェム)、スキームの違い (Part 3)

以前よりピアジェ理論における schème の日本語訳やその解釈が奇妙であることを指摘してきました。そう、特に「シェマ」という訳語です。以下のリンクから以前の記事をご覧ください。

今回、ピアジェ理論の schème をスキーマやシェマではなく、フランス語の発音に近く「シェム」と訳している以下の文献を発見しました。

中垣啓 (2007). ピアジェに学ぶ認知発達の科学.北大路書房.

興味深いことに、この文献では、私が以前に指摘していたピアジェ理論の英語訳による英米や日本での訳語の混乱について触れられています (p. 19)。フランス語の schème と schéma が混同されているという話です。備忘録としてその内容を簡単に書き留めておきたいと思います。

この書籍は英米版ピアジェ理論ではなく、ピアジェ版ピアジェ理論を日本に伝えることが意図されているようです。英米版ピアジェ理論がフランスで話題になるピアジェ理論と随分異なるというのは私もよく感じるところでしたので、この書籍に目を引かれました。

シェマやスキームなどの言葉については、ピアジェが schème と schéma を使い分けているとありました (p. 19)。フランス語の視点からすれば、単語として異なるので当たり前のようにも思いますが、興味深い点は、この日本語書籍の英語原本(ピアジェの仏語論文を英訳したとのことです)では schème を scheme, schéma を schema と訳しているところです。英語では、schème の訳語がシェマもしくはスキーマに相当する schema(もしくは複数形の schemata)に統一されてきたわけではなく、混乱もしくは議論があったことがうかがい知れます。

一方、この書籍の英語版の英訳者も schème のみならず schéma も専門用語のように解釈しています (p. 16)。この書籍のピアジェ自身が書いた論文の部分を見てみると、schéma の語は記憶についての議論 (p. 108) のところで少し出てきます。そこでは、単純化されたイメージに対してこの語を用いるとされています。これはまさに図式という仏語の日常語とほとんど同じ意味です。さらに、この書籍では全体を通して schème が中心的に議論されているところから、schème が理論的な中心概念であり、schéma は専門用語というよりは理論を説明するために補助的に使われた日常の概念という感じがします。そうであれば,schéma の英語訳は schema ではなく diagram などとすればよりわかりやすく誤解が少なかったのかな,などと思いました。

ホント、こういう翻訳は難しいですね。

なお、最後に揚げ足取りのようですが、この書籍における「シェム」という日本語訳、フランス語的には少し微妙な感じです。schème をフランス語の読み方にならってカタカナにするのであれば、「シェーム」の方が適切ではないでしょうか。「シェム」だと、schéme という感じになります。すなわち、eのアクセントの方向が逆になってしまうのです。éはアクサンテギュっていって少しはっきりとした「エ」になりますが、èはアクサングラーブといって少し弱い感じですので、カタカナにすると「エー」という表記の方がその雰囲気が出ているように思います。西洋の外国語を日本語にするというのは難しいですね(何か意図があって「シェム」にしたのかもしれませんが…)。ちなみに、ネットで調べると「シェーム」という言葉を使っているのはこのブログぐらいしかなさそうです。

2020年12月4日金曜日

Proust (2019): 4000年前の数学教育

この論文は,2018年に開催されたリソース関連の国際会議 Re(s)source 2018 の基調講演の内容をまとめたもので,4000年前の古代メソポタミアにおける数学教育を紹介しています.驚くことも多く,大変面白かったです.オススメです.以下に面白かった点をあげます.

  • 古代メソポタミアには学校 (scribal school) があり,そこで使われていた粘土板が沢山残っているそうです.特にニップル (Nippur) という場所で,数学のものも沢山あるようです.
  • そこでの数学教育には,初級,中級,上級の3段階が確認できるようです.量(主に長さや面積,重さなどの連続量)と数を別に扱い,それらに関する計算や問題の解決が学習内容だったそうです.
  • 数はくさび形文字を用いて60進法で表記していたそうです.60進法は位取り記数法を使っているけれども,0がないため,下の位が0のときは,上の位だけを書き,その記号は下の位のものと区別がつかないそうです.例えば,2'00 と 0'02 が同じ記号になります.ただ,それでも不便ではなかったようです.
  • 計算のためには量を数に変換して,数で計算し,さらにそれを量に戻すのだそうです.量から数への変換は,イメージとしては,尺貫法のようなもので示された複数の量を一貫した数に変換するようなものです.
  • 足し算と引き算は,数学では掛け算と割り算より後に学習するそうです.離散量の足し算と引き算は,数学での指導内容ではなく,「会計 (accounting)」で学習するとのことでした.さらに,数学での足し算や引き算は,上級レベルの二次方程式的な問題の辺りで出てくるようです.例えば,長方形の縦と横の長さの和とその面積がわかっているときに,縦と横の長さをそれぞれ求める問題です.
  • 初級レベルは量のリストや数や掛け算の表などの暗記が中心で,問題を解くのは中級辺りからだそうです.難しい問題を扱う上級レベルになると,スパイラル型の指導順序になっているそうです.

4000年も昔から数学をいかに教えるのかという検討がなされていたことがよくわかります.教える・学ぶという営みは,食べる,寝るなどと同様,人間の基本的な営みであり,教える内容(ここでは数学)が存在して以来,存在するものということが再確認できました.

また,この論文の著者は長いことメソポタミアの数学を研究してきた数学史の研究者です(明治図書の数学教育に記事を発見しました).以前,昔の教科書など当時の数学教育を通して,そのときの数学の発展を知るというのは数学史研究の一つのアプローチになるということを別の数学史の研究者から聞きましたが,その意味についても改めてわかった気がしました.

あと,古代メソポタミアの粘土板は,Cuneiform Digital Library Initiative (CDLI) が電子アーカイブ (https://cdli.ucla.edu/) を作っており,多くがネットで参照できるようです.

Proust, C. (2019). How Did Mathematics Masters Work Four Thousand Years Ago? Curricula and Progressions in Mesopotamia. In L. Trouche, G. Gueudet, & B. Pepin (Eds.), The 'Resource' Approach to Mathematics Education (pp. 61-88). Cham: Springer.

2020年9月18日金曜日

Niss (2019):数学教育学研究一般についての論文

これから数学教育学の研究を志そうと考えている方にも,すでに研究をしている方にもオススメの論文です.この短い論文で数学教育学という学問がどのようなものか理解できます.具体的には,数学教育学の歴史,理論的枠組みや理論の役割,今日の中心的な研究方法論(質的な研究)とその方法論に至った背景,研究論文の一般的なフォーマットと各パーツの意味,研究の文化的多様性,などが議論されています.

この論文はまだフリーになっていませんが(あと2年ぐらい),図書館に行ってでも読む価値があるでしょう.なお,PME42 の Plenary lecture の原稿を修正したもののようです.そのため,PME42 の論文集の方にも同じような内容があると思います.

Niss, M. (2019). The Very Multi-Faceted Nature of Mathematics Education Research. For the learning of mathematics, 39(2), 2-7.

2019年12月12日木曜日

schema(スキーマ)と scheme(スキーム)の違いについて (part 2)

随分前のことですが,ピアジェの理論について議論する際,schema (シェマ、スキーマ)と scheme (シェーム、スキーム)の二つの言葉が見られるということ,仏語だと schéma は図式を意味する日常語で理論の言葉ではないので奇妙だということを書きました.さらに,英語圏の schema は独自の発展を遂げ,何か特殊な意味をもつようになったのでは,などとも書きました.
https://mathedmemo.blogspot.com/2015/03/schema-scheme.html

最近,ある文献を読んでいたら英語の schema が出てきて,そこでピアジェの翻訳本が参考文献にあがっていました.その翻訳本を見たところ,上の問題はそもそもは仏語の schème を英語で schema と訳したことに起因する混乱だったのだろうとわかってきました(混乱していたのは私だけかもしれませんが・・・).元の文献は,ピアジェの La naissance de l'intelligence chez l'enfant (Piaget, 1936; 邦訳タイトル『知能の誕生』)というもので,文献全体を通して schème について議論しています.schème 理論の中心的な文献のようです.Margaret Cook という人がこの本を訳しており,その英語版 (Piaget, 1952) では,仏語の schème (シェーム)が英語で schema (スキーマ)となっているのです.さらに,仏語の複数形の schèmes (発音は単数形と同じ)が schemata (スキマータ)と訳されています.こうしたところから英語圏では schema がピアジェの言葉として広く使われ,日本にも輸入されたのでしょう.日本語版(ピアジェ, 1978)は見ていないのでわかりませんが(今度機会があったら見ておきます),その際,発音はフランス語風に「シェマ」などとしたため,フランスの日常語である schéma (シェマ)と同様の発音になり,さらに混乱を招くことになったのではないかと思われます.

数学教育においては,schema と scheme は異なり前者がより図的なものなどといった解釈を加えて解説している文献があったりします.これも仏語の schème を英語で schema と翻訳したことによって生じた混乱なのでしょう.まあ最近はピアジェの schème に触れる論文がほとんどないので,あまりそうした混乱は見られませんが,適切な訳語をつけるというのは難しいですね.

自戒の意味を込めた結論でした(笑).

なお,補足情報ですが,ピアジェのオリジナル文献の多くはジャン・ピアジェ財団のホームページから閲覧することができます.是非,ご覧ください.
http://www.fondationjeanpiaget.ch/fjp/site/accueil/index.php

参考文献
Piaget, J. (1936). La naissance de l'intelligence chez l'enfant. Neuchâtel, Paris: Delachaux et Niestlé.

Piaget, J. (1952). The Origins of Intelligence in Children (M. Cook, Trans.). New York: International Universities Press.

J. ピアジェ(1978). 『知能の誕生』(谷村覚, 浜田寿美男訳),ミネルヴァ書房.

------ 追記 ------

この記事には Part 3 があります。こちらもご覧下さい。

https://mathedmemo.blogspot.com/2021/09/or-part-3.html

2017年6月5日月曜日

スマートペン:データ収集用に

スマートペンなるものの存在を知った.

https://www.neosmartpen.com/jp/
http://pen.gakken.jp/

これは結構画期的かも.会議の議事録用ではなく,研究のデータ収集用に.

数学教育学の研究では,学習者の活動の様子をビデオ撮影したり,話し合いを録音したりして映像・音声データを収集することが頻繁にあります.最近のわれわれのグループの研究では,インターネットを使った探究活動の様子をデータとして収集する必要があり,パソコンの画面を録画して音声もとってくれるAG-デスクトップレコーダーというソフトが大変活躍しました.

さて,このスマートペンなるもの,普通のボールペンのように紙に書けて,書いたものが電子的に記録されるのです.これまでの数学の問題や課題をやってもらう調査であれば,学習者のワークシートを回収してPDFファイルに電子化していました.スマートペンでは電子化できるだけでなく,書いた順番も再生でき,活動をより詳細に捉えることができるのです.

さらに,録音機能もついています.二人一組でスマートペン一本で課題に取り組んでもらえば,筆記データのみならず話し合いの音声データも同時に得られます.映像データまでは必要のない場合はこれで十分でしょう.遠い昔,30人くらいのクラスでのペア活動をそれぞれテープレコーダーで記録したことがありました.これがあれば・・・.

さらにさらに,宿題や課題を自宅でスマートペンでやってもらうことも考えられます.研究者がその場にいなくてもデータ収集できるのです.これは楽チンです.

ただ,専用のノートを使わないといけないようですので,調査の際のワークシートは工夫しないといけません.あと,一本のお値段が結構します.40人クラスで二人一組の活動で全部で20本必要だとすると30万以上?研究費が必要です.

2017年6月3日土曜日

研究者の仕事:論文の査読

研究者の仕事の一つに論文の査読というものがあります.

研究論文というのは,多くの場合,書いてすぐに出版されるのではなく,学術雑誌の編集部に論文を投稿し,研究者コミュニティの仲間(peers ピア)による審査を通して論文として出版する価値があるかどうか判断されます.コミュニティに貢献できる論文が審査に通過し出版されるわけです.この論文を読み,出版の価値があるかどうか判断し,その報告書を書くことを査読(review レビュー)と言います.査読により論文の質も保証されるわけです.

この査読の仕事,結構大変です.まず,論文をしっかり理解し,出版する価値があるか判断します.その際,論文の内容についての個人的な好き嫌いではなく,あくまでも自らの研究者コミュニティに貢献できるかどうか,他の人がその論文を読んで何か得るものがあるかどうかを判断しなければなりません.さらに,その判断の理由をきちんと文章で説明しなければなりません.もし不十分と判断した場合はどうすれば論文が良くなるか的確なアドバイスが必要となります.この文章を書くのが結構大変なのです.いい加減なアドバイスだと,出版可となった場合,論文がさらに読みにくいものになってしまったりします.論文執筆者とともに一本の論文を書くというくらいの気持ちが必要となるのです.

研究者はこういった仕事をどのくらいやっているのでしょう.通常,一本の論文に二人もしくは三人の査読者が審査にあたります.研究者コミュニティの全員が論文を1本投稿するとすれば,コミュニティのメンバーの2,3倍の査読者が必要になるのです.すると,自らが投稿する論文の2,3倍の本数の論文を査読しないとコミュニティが成り立たないことになります.人によって論文の年間投稿数は違うかと思いますが,2本投稿すれば,4本から6本の論文を査読する必要があるのです.

私の場合は,年がら年中査読をしているような気がします(このブログもその現実逃避だったりします/笑).国内のものや海外のもの,長めのフルペーパーとやや短めの論文,全部一緒くたにして年間本数は大体15本くらいです(大学の実践研究は含めず).1ヶ月に1本以上ですね.年間5本くらい投稿しないと割に合わない・・・(笑).第一線の研究者になればもっと増えるのでしょう.

査読の仕事はお金にもならなく労力も大きいので断るか,と思うときもあるのですが,研究者コミュニティの発展のため,そして研究者としてのスキルアップのため,と今のところ頑張っています.以前,若手研究者向けの指南書(?)みたいなので,一流の研究者になるためにしなくていい仕事,した方がいい仕事についての解説がありました.それでは査読は絶対すべき仕事になってました.論文をより深く読み,自らの考えをまとめ表現する訓練になるし,最新の研究の情報を得られるからのようです.確かに,査読して本当に良かったと思うこともあるんですよね.その回数がもっと増えてくれると嬉しいのですが・・・.
 

2017年5月30日火曜日

フランス大使館で研究者ビザの申請

2017年5月末日に東京のフランス大使館に行って、研究者ビザと家族の同行ビザを申請して来ました。今年の夏から一年間フランス・リヨンに滞在するためです。このビザ申請、書類の作成や収集が結構面倒です。個人的な日記として、そして、もしかしたら今後にフランスで在外研究する人に役立つかもしれないので、ビザ申請に関する記録を残しておきたいと思います。ただ、必要書類等はよく変更になるようですので、ここの情報は古い可能性があります。正確な情報はフランス大使館のHPを参照ください。

大使館には予約時間の15分くらい前に到着。9時半に家族全員4人のビザ申請を予約していました。ビザ申請は渡仏の3ヶ月前から申請できます。われわれのフランス滞在は8月からで学生の留学などより若干早いためか、申請者はわれわれ以外に数組しかおらず、結構空いているように思いました。アメリカのときは長蛇の列だったことからすれば、ガラガラと言えるでしょう。その昔、同じくフランスのビザ申請をしたときはもう少し混んでいた記憶がありますが、それでも長蛇の列ということはありませんでした。

10分くらい待って、われわれの番が回って来ました。必要書類は以下の通りでした。

1.チェックリスト
大使館のHPからダウンロードしたものです。いつ変更になったのかわかりませんが(1週間ほど前だったらしい)、私のは古いもので少し違いました。

2.申請書
ダウンロードしたPDFファイルに acrobat で書き込み、サインしておきました。色々と不備があり、その場で加筆しました。主な不備は以下のもの。
・出生地は県名まで書く(私は県名しか書かなかった。家族は市名も)。
・家族ビザの申請書の方にも、受け入れ先(大学)の名称・住所・私の名前を書く。
・未成年の家族ビザの申請書は私がサインする。子供のパスポートのサインと異なった。

3.写真
近所のスーパーでスピード写真を800円で撮って行ったのですが、まったく同じ機械が申請のところにありました。600円也・・・。

4.パスポート

5.ビザ申請料金99ユーロ相当の日本円

6.Convention d'accueil
受け入れ先に作ってもらい、それにサインしておきます。履歴書と費用の証明書をメールで送ったら作ってくれました。先方の県庁に出すようで結構時間がかかります。確か1ヶ月以上かかりました。できあがったとき、最初、メールの添付ファイルだけで、「申請、頑張ってね」みたいなメールが来ました。原本が必要ない国もあるのですかね。私は原本を郵送してもらいました。あと、費用の証明書は学振に英語で作ってもらいました。

7.家族ビザ申請のための戸籍謄本と法定翻訳
研究者ビザの申請者本人は必要ありません。家族が必要です。家族全員で原本を一通ずつ(戸籍謄本と法定翻訳)とそれぞれにコピーを提出しました。法定翻訳はフランス大使館のリストの中から安いところにお願いしました。そしたら、なんと、学生の頃、フランス語の授業を取った先生がやっていた会社でした。
 戸籍謄本が曲者で、問題がありました。アポスティーユが必要と、変更になっていたのです。最初なんのこっちゃと思っていたのですが、外務省で戸籍謄本が正式のものだと証明してもらわないとダメになったようです。ビザ申請については後から戸籍謄本のみ郵送することになったのですが、ビザ申請後、霞が関の外務省に行く羽目になりました。アポスティーユも作成に1日かかるため、郵送してもらうことにしました。アポスティーユが必要になったので、遠方から東京に来てビザ申請する人は面倒ですね。ビザ申請の前日にアポスティーユを申請し、当日にそれを受け取ってから大使館に向かうことになるのでしょうか。アポスティーユを遠方から申請できるかは知りません。

8.移民局 (OFII) 提出用フォーム
この書類が必要とは知りませんでした。私のチェックリストが古かったからのようです。その場で記入しました。

9.封筒
レターパックの赤いやつを持って行きました。ビザ申請一つにつき一部必要とあったため、一人ずつの4部を用意していました。しかし、家族全員で一部で大丈夫でした。名前まで記入して持って行ったのに、と思いましたが、外務省のアポスティーユの申請で一つ使いました。

以上です。色々とありましたが、どこも基本的に混んでなかったので比較的スムーズに行った感じでした。

2017年5月4日木曜日

ブログの引っ越し

ブログを引っ越ししました.
ウェブリログの「数学などに関する備忘録」は近いうちに閉鎖予定です.
タイトルや管理人の名前が若干変更になりました(笑).

更新頻度は非常に低いですが,数学教育学の研究や海外の数学教育に関する情報など,面白そうな話題があれば今後とも発信していきたいと思います.
宜しくお願いします.

ところで,今回の引っ越しにあたり,Biglobe の MovableType 形式のバックアップファイルから Blogger のXMLファイルへ変換しました.少し手こずりましたが,一応できました.やや文字化けしていたり,リンクが切れていたりします.変換には「syasudaのツール」にお世話になりました.有難うございました.

2016年11月12日土曜日

÷ の記号 (割り算記号の歴史)

この記号の意味は何でしょう?英語では obelus と呼ばれます.日本人にはあまりにも当たり前で問いにもならないかもしれません.

もう10年以上前になりますが,2004年にノルウェーのベルゲンという町でPMEという数学教育学の国際会議がありました.それに参加した際のお話です.ベルゲンの街を散策していると,ある洋服屋さんでバーゲンらしきものをやっており,そこには,でかでかと「÷30%」と書かれていました(写真を撮るべきだった).そのときの私の反応は,おそらく皆さんと同様と思われますが,「値段が高くなってしまうやんけ!(笑)」でした.0.3 で割れば,元の値段の3倍ちょいになってしまいます.一緒にいたスイス人とマレー系アメリカ人も同様の反応で,一緒に笑っていました.

ところが,数年後,あるデンマーク人と話していたとき,ふとしたことから,その意味を知りました.そう,実は北欧では,「÷」をマイナスの意味で使うというのです.ノルウェーで見た「÷」の記号はマイナスを意味し,「÷30%」は「30%引き」を意味していたのです.ビックリです.ノルウェー人の算数レベルが低かったわけではなく,単に,笑っていた者が無知だったのです(笑).

調べてみると,カジョリの文献に詳細に書かれていました (Cajori, 1928/1993). カジョリによると,ヨーロッパでは,16世紀頃は「-」をマイナスや引き算に使っていたそうですが,その頃から「÷」にとって代わるようになり,19世紀頃まで(北欧では20世紀になっても)「÷」をマイナスや引き算に使うことが見られたとのことです (idem., pp. 240-243).したがって,「÷」がマイナスや引き算の意味で使われていた時代があり,ノルウェーでの利用はその名残だったのです.

ちなみに,ドイツやフランスの大陸ヨーロッパでは,割り算の記号は「÷」ではなく,「:」を使うことが多いです.「÷」を割り算に用いる記法は,あるスイス人の17世紀の文献で見られ,その記法は大陸ヨーロッパやラテンアメリカでは定着しなかったものの,その翻訳がイギリスで発行されたため,イギリスで広まりさらにアメリカにも広まったとのことです (idem., pp. 270-271).それが日本にも明治以降に入ってきたのでしょう.

なお,日本語のウィキペディアの除算記号のページは,英語から部分的に訳したためか,記述がずいぶん間違っています(しかも2007年から!).北欧で除算記号として使われたのではなく,北欧では最近までマイナスや引き算の意味で使われていると,英語版では書かれています.さらに,ラーンやペルは考案者ではなく割り算の意味で使い始めた最初の人々です.さらにさらに,この記号が分数表記を変形したものというのも怪しいですね.英仏のウィキペディアによれば,obelus は短剣符や細い棒などを意味するギリシャ語を語源とするようです.いずれにしても,ご注意ください(誰か修正してください).

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%99%A4%E7%AE%97%E8%A8%98%E5%8F%B7
https://en.wikipedia.org/wiki/Obelus

Cajori, F. (1928/1993). A history of mathematical notations (two volumes bound as one), Dover.

2016年8月14日日曜日

国際学会による数学教育学の研究者育成

最近,国際的な学会による数学教育学の研究者育成・養成が盛んになってきたように思います.まだまだ新しい研究領域である数学教育学が今後も発展していくためには大変大事なことですね.そこで以下では,いくつかの国際的な学会による研究者育成の取り組みを紹介したいと思います.

2016年にドイツ・ハンブルグで開催されたICME-13 (http://icme13.org/) では,Early Career Researcher Day なるものが,24日のICMEの本会議の開始前に開催されました.このような取り組みは前回のICMEではなかったように思います(間違っていたら教えてください).これは数学教育学の研究経験の少ない人を対象とした研究者育成プログラムです.その内容を見ると,本会議以上に興味深いものがたくさんあります (http://icme13.org/early_career_researcher_day/program).いろいろある専門領域に分かれており,それぞれにおいてその専門領域がどのような研究なのか,第一線の研究者が講義をするようです.私も聞いてみたかったです.もしかしたら演習なども含まれるところもあるかもしれません.

こうした研究者育成プログラムは他の国際学会でも進められています.PME (http://www.igpme.org/) の年会では少し前から Early Researchers’ Day なるものが,本会議とは別に開催されています.いつから開催されているかは知りませんが,昨年のオーストラリア・ホバートで開催されたPME39 (http://www.pme39.com/), 今年のハンガリー・セゲドで開催されたPME40 (http://pme40.hu/) では開催され,さらに今年の総会では,この研究者育成プログラムを年会の正式なプログラムに位置付けることが決定されました.

学会による研究者育成の動きはヨーロッパではもう少し早くからありました.1998年に設立された ERME と呼ばれるヨーロッパ数学教育学会 (http://www.mathematik.uni-dortmund.de/~erme/) というものがあります.この学会には YERME という若手の会があります.この会は若手の有志の単なる集まりではなく,その代表2名が理事のようなものにも入り ERME の運営にも関わるというERMEの正式な組織です.若手の意見を学会に反映できる仕組みを取り入れているのです(この仕組みはフランスのARDMという学会も同様です.一方,わが国では・・・).そして,ERME による2年に一度の国際会議 CERME では,今年のICMEやPMEのように,本会議の前にYERME day という若手対象のプログラムが用意され,さらに,2年に一度,YESS (YERME Summer School) と呼ばれる若手研究者向けのサマースクール(夏期講習会)が開催されています.2016年8月はチェコで開催のようです (http://ocs.pedf.cuni.cz/index.php/YESS/YESS8).

これらの国際学会による研究者育成プログラムでは,第一線の研究者による講義と演習・ワークショップからなることが多いようです.演習やワークショップはグループでデータを分析しディスカッションするというのがよくある形式だと思います.教科書やプロトコルなどのデータを何かしらの理論を使ってみんなで分析し議論することにより,実際に研究を進める上で必要となる実技能力の獲得を目指すわけです.日本ではあまり馴染みがないかもしれませんが,ヨーロッパに限らず,学会による研究者育成プログラムに限らず,国際的にはよく見られるもののように思います.

また,こうしたプログラムの目的は,研究者としての技能を習得すること以外に,研究者のネットワークを作るということにもあります.ワークショップでのディスカッションや食事会など,知り合いを作れるような機会が用意されています.同じような境遇の研究者と知り合い仲良くなって(他の研究者は敵ではありません),いろいろな問題を共有するとともに,将来の共同研究へもつながれば,と考えるわけです.最近のEUでのヨーロピアンプロジェクトなど,数学教育学研究は国際共同研究が基本になってきました.その素地を作っているのでしょう.さらに,数学教育学研究の問題意識や方法論などの共有化をももたらすという目的もあるかもしれません.実際,数学教育学の研究は国によって非常に大きく異なることがこれまでしばしば指摘されてきました.そして近年,理論のネットワーク化など,種々の研究の相互理解を促す試みが多く進められています.こうしたプログラムに参加することにより,早くからいろいろな問題意識や方法論を共有化する機会となるのでしょう.脱線しますが,確かに,フランスの場合などは,数学教育学研究が発生してきた初期から,この共有化のために,若手に限らず,数学教育学の研究者を対象にサマースクールを開催してきました(1980年から),そのため,問題意識や理論,方法論は驚くほどに共有されています.

以上,長くなりましたが,こうした研究者育成が海外では着々と進められているわけです.日本も頑張りたいところですね.とりあえず,わが国の博士課程の院生の方,博士を取って間もない方,年齢にかかわらず数学教育学研究の経験の少ない方(学校現場が長かった大学教員の方,数学の専門から数学教育学に関心をもった方,などなど)などにこうしたプログラムに大いに参加して欲しいところです.英語のブラッシュアップにもなります.ちなみに,ICMEやPMEでは,Young researcher ではなく,Early Career Researcher, Early Researchers の語が用いられています.これは,数学教育学の分野は教員等をやってから博士課程に進み研究者になる方が少なくなく,研究者のキャリアは少なくても年を取っていることがしばしばあるからです.

2015年3月31日火曜日

schema (シェマ、スキーマ)と scheme (シェーム、スキーム)

以前から思っていたのですが、 英語圏や日本での schema と scheme の使い方は結構不思議です。

英語圏や日本でピアジェの理論について議論する際、schema (シェマ)という語がしばしば用いられます。特に数学教育の現代化の頃でしょうか。今日でも、算数教育の辞典などにはシェマの語が見られます。ところが、フランスでピアジェの勉強をすると schema (シェマ)の語はほとんど出てきません。出てくるのは、 scheme (シェーム)です。フランス語で、schema と scheme は基本的には関係のない語です。前者は図式を意味する一般的な語で、後者はピアジェの理論などで出てくる人間の行為に関わる抽象的な心的な構造を意味する専門用語です。 scheme が英訳されて schema になったのでしょうか。
次のピアジェの仏語のウィキペディアをご覧ください。 基本的に scheme の語が用いられています。
http://fr.wikipedia.org/wiki/Jean_Piaget

いろいろ見てみると、スキーマとシェマが異なるという議論まであります。語学的には、schema を英語読みするか、フランス語読みするかの違いしかないように思いますが、わが国(英語圏も?)の認知心理学では意味が異なるようです。フランスでは、 Piaget の理論が英語圏で固有な解釈のされ方をしていると指摘されることがありますが、英語圏で発展した概念ということでしょうか。
仏語のウィキペディアにシェマのページがありました。解説にピアジェが出てこないところを見ると、英語圏から逆輸入されたものかもしれません。
http://fr.wikipedia.org/wiki/Sch%C3%A9ma_%28psychologie_cognitive%29

一方、最近の数学教育学の研究では、 schema の語が用いられることは少なく、 ほとんど死語のようです。scheme (英語読みではスキーム)はたまに用いられます。例えば、Harel らの証明の scheme というものがあります。 Instrumental genesis でも scheme が用いられています。後者は、フランスの認知心理学者 Rabardel が使っているものですから当然かもしれませんが・・・。

 ------ 追記 ------

この記事には Part 2 があります。 こちらもご覧下さい。
https://mathedmemo.blogspot.com/2019/12/schema-scheme-part-2.html


2014年6月4日水曜日

めずらしいかけ算

学生がちょっとかわった掛け算の方法を見つけてきた.
結構,面白いので紹介します.下にあげた書籍に出ているそうです.

以下の手順で進めます.下のは 37 x 43 の場合.
1.A を 2 で割って商を下に書いていく.余りはいらない.
2.B を2倍して積を下に書いていく.
3.A が 1 になるまでこれらを繰り返す.
4.A が偶数のところを線を引いて消す
5.残ったBを一番上から全部足すと答えがでる.

A    B
37 × 43
18    86
9    172
4    344
2    688

1    1376
----------
    1591

もちろん,こんな面倒な方法を使って計算する必要はありません.
ポイントはなぜこれで求められるかです.
ヒント:二進法展開.3で割って,3倍する場合は?

大須賀康宏 編著 (1982). 『楽しく学べる算数ゲーム・パズル』,東洋館出版社.

2014年6月2日月曜日

コーヒーとミルク,どっちが多い?

久々の更新です.

PRIMAS (http://www.primas-project.eu/) という数学・理科の教師教育関係のヨーロピアンプロジェクトがあって,その成果物に色々な教材,実践事例が出ていました.その中で面白いなと思ったものがあったので紹介します.日本では中1の文字式あたりの問題になります.

コーヒーとミルクが同じ大きさのグラスに同じ量だけ入っています.

スプーン(お玉でもいいです)でコーヒーのグラスからミルクのグラスへコーヒーをある量だけ移し,混ぜます.
そして,今度は同じスプーンで混ざったミルクのグラスからコーヒーのグラスへ同じ量だけ移し,混ぜます.

さて,ミルクのグラスに入ったコーヒーの量とコーヒーのグラスに入ったミルクの量,どちらが多いでしょうか?


この問題は,子どもたちが協働して探究することを想定したものです.答えがなぜそうなるのかを考える過程で,色々なモデル化の方法が出てきて,算術から代数への移行を促すことを意図したもののようです.やってみてください.

日本でもこのような問題はあるのですかね?ちなみに,今回のは誰のかなと思っていたら,なんと,以前グルノーブルにいて,現在ジュネーブ大学の Jean-Luc Dorier が書いたものでした.確かに,代数学習の関係の研究を結構やっていました.
http://www.primas-project.eu/artikel/en/1066/The+wine+water+situation/view.do?lang=en